tetok’s blog

母を嫌い。そんな自分が嫌でした。病気を抱え辛い毎日。母を恨むしか思い付かない。

最近の母

 

夫がインフルエンザで仕事を休んでいた。

その間は、母の友人も出入りはしない様に伝えた。

それは、お客さんの為に。

インフルエンザで寝込んでる人が居る家に来たい人は

居ないだろう?

 

 

母は私が話す事を全てが嫌がらせと取る。

夫が寝込んでるから、友人を連れて来るな!

と、言われたと受け取る。

 

どうでも良いけど、面倒な事になる。

母は自分の妹に電話をして、愚痴を言う。

「私の自由を奪われた。こうやって、家の中に閉じ込め

     外に出さないつもりなんだ」

って、大きな声で話してた。

 

もう、叔母も分かって居る。

いつもの事だ。

 

ただ、夫が寝てるのに母の騒ぎで大変じゃ無いかと

心配してくれた。

母を落ち着くまで預かると。

 

でも、いつもの事だし大丈夫と断った。

 

外に出さないどころか、行ったまま帰って来なくて

構わないのに勘違いも甚だしい。

自分が要らない人間と全く分かってない。

 

そして、昨日の朝。

また、叔母の所へ電話をして。

愚痴を話したらしく。

従姉が、迎えに来てくれた。

 

従姉はこの間、母の言葉に言い返した人。

夫にお見舞いにと、ゼリーや飲み物をくれて母の部屋へ。

 

「叔母ちゃん、家に行こう。騒いでると病気が治らなく

    なって可哀想だから」と、声を掛けられた。

従姉もムカついてる。

 

母は部屋から出てこない。

従姉が戸を開けるとテレビを観てる。

何回、声を掛けても返事をしない。

 

息子が部屋から出て来て話し掛けた。

「婆ちゃん、騒ぐから迎えに来てくれたんだから。

  行くか行かないかハッキリしろ。」

 

母は「行くよっ」と、立ち上がり従姉の顔も見ないで

出て行った。

 

私は叔母に電話をして謝った。

自分の思い通りに行かないと、あちこちに言いふらす。

母が、一番に言いたいのは叔母の所で毎回、

大変な思いをさせてる。

 

叔母や従姉に助けられて居る。

この助けが無かったら、一緒に暮らすなんて出来ない。

 

今日もどこかへ行って欲しい。

周りに迷惑を掛けるのも心苦しい・・・

 

今日の母は、自分の部屋で何かを企んでるみたいです。

 

 

 

 

 

 

叔父と叔母

 

 

私を12歳から18歳まで育ててくれた叔父と叔母。

叔父は私が結婚をした年に亡くなった。

まだ50代前半で若かった。

心筋梗塞、突然で連絡が来た時は信じられなかった。

 

叔母は叔父の死から約2年後、胃癌で半年ほどの

闘病生活で亡くなった。

二人とも50代と言う若さで本当に私は何も恩返しが

出来ないまま。

 

叔父は私の結婚式で父親代わり。

衣装替えをして入場する時に手を繋いで歩いた。

新婦の両親への手紙は叔父と叔母へ。

二人は涙を流して聞いてくれた。

 

私の1人目の子供は叔母の家に帰って叔母の元で

産んだ。

叔母は闘病中で居たけれど、叔母が望んでいて

くれた事。

病院も近くには無かったけど願いを叶えてあげたかった。

 

子供の名前は叔母と一緒に考えて決めた。

とても喜んでくれて私も嬉しかった。

 

叔母の具合が日に日に悪くなり、私の住む所の近くの

病院に叔母を入院させて側に居た。

子供が1歳になる直前に叔母は亡くなった。

 

私が結婚をして子供を授かって、幸せになれた姿を

見せられて安心してくれたと思う。

でも、2人が私にしてくれた事は本当に大変な苦労

を伴い心労もあったと思う。

 

早すぎる死、私はかなり落ち込んだ。

 

叔父の弟が居て、子供に恵まれなかった2人に私が

居た事は本当に幸せだったと言ってくれた。

私の結婚式で見せた涙も本当に嬉しそうだったと。

 

 

結婚式前、両家の挨拶の日に叔父と叔母が私の

親として行く時。

出掛ける直前に、叔母が「こんな日に私達が参列出来る

なんて嬉しい。有り難う」と、3人で抱き合った。

 

私には当たり前の事だった。

でも、叔父や叔母には複雑な思いがあった。

 

自分の本当の親よりも大切な人達だった。

親子の絆。

叔父と叔母と私は今でも繋がっている。

 

この世で1番嫌いな母親と一緒に暮らす今。

絆でもなんでも無く、世間体としがらみと

不運が重なった。

 

私は叔父と叔母が居てくれたから、犯罪者にも

ならなくて済んだ。

もし、2人が居なかったら。

私は殺されて居たかもしれないし、その逆だったかも

知れないと思う。

 

 

今でも、叔父と叔母に会いたい。

 

 

今日の母

 

今日は、昼頃に母方の従姉が来ました。

私の不調を心配してくれて、簡単に食べられる物を

差し入れてくれました。

 

母は身内が来ると自分の部屋から出て来て、私や夫の

悪口を言う。

身内は母の性格は分かっていて、聞き流す。

母はそれでも悪口を続けてると、従姉が不機嫌になった。

 

母がまた何かを言おうとした時。

「叔母ちゃん、世話になってて言える事じゃないよ。

   そんなに嫌いな人達なら出て行けば?」

従姉が、声を荒げて言った。

 

 

母は、笑って誤魔化そうとしたものの。

我慢が出来なかったんだろう。

「アンタに言われたくない。」

母はそう言って、自分の部屋へ戻った。

 

従姉も言い過ぎたか?

と、気にしてましたが言われても仕方ない。

 

 

従姉が1時間くらい経ち、帰ると言って玄関に行くと

母が大声で泣きだした。

もう、頭のおかしい年寄としか思えない。

 

従姉が、部屋に行って宥めると言ってくれたけど、

構わないと言って帰らせた。

 

玄関で挨拶を交わし従姉が帰ると、泣き声は止まる。

 

嘘つき、嘘泣き。

全てが嘘で出来てる人。

恥ずかしくも無く、大声で泣いたり怒鳴ったり。

 

物には当たるし、色々な物を壊して来た。

身体は小さいけど、何をしでかすか本当に分からない

怖い人間。

 

 

従姉が言うように、悪口を言うなら一緒に居ない方が

良いんだ。

今度、何か騒いだら言ってやろう。

 

 

母の生き方

 

 

母の生き方は、父に頼り切り。

父に暴力を受けても終わった後には媚を売る。

 

父の好きな食べ物を買う。

料理は作らない。

母は父が残した物を食べる。

私には、お菓子やコロッケ。

 

母は人と付き合う事が出来ない。

近所では父が暴力を振るってる事はバレバレ。

近所中に怒鳴り声は聞こえていた。

近所の人には夫婦で変り者と思われていた。

 

母は掃除が出来ない。

家の中はいつもグチャグチャ。

長屋で部屋は2つ。

台所は狭くてお風呂と一緒。

今で言うゴミ屋敷。

 

父が仕事に行ってる間の母。

ゴミの上で寝ている。

自分の妹に電話をして他の兄弟の悪口。

 

母の生き方は、だらしなくて汚らしい。

人前でも私を叩いたり詰ったり。

自分の兄弟の前では自分の事を正当化して

、父や私を悪者扱い。

 

私が父から暴力を受けてる事は誰にも

話さなかった母。

私にも誰にも言うなと口止めしたのも母。

 

母への暴力を心配していた身内が離婚を

勧めた時に母が言った言葉。

「子供が居なければ離婚してた」

 

私が居たから離婚しなかった。

私の事など眼中にも無かったくせに。

自分の出来なさを隠す為に私の存在を

利用した。

 

パチンコを夫婦で並んでしながら、

母はニコニコと笑っていた。

気持ちが悪かった。

 

子供が殴られてるのを平気で、見て

居られる母親。

子供の為だと嘘を吐く母。

 

全部が自分の為。

 

暴力を振るう父と一緒に居なければ

生きて来られなかった母。

 

母の為に私は殴られたのかも。

 

 

 

 

 

 

母を嫌いでいいじゃない

 

 

 

母を嫌いと言えません。

 

テレビで母と娘の良い話しなんかをしてるのを見る。

私は、自分と娘を思い出す。

そんな時間は貴重だと思うけど、自分の母も思い出す。

 

私はもう直ぐ、子育てが終わります。

子育てと言っても22歳の息子が今年、大学を卒業

したら一段落。

 

自分が子供を育てる中でいつも母の事と、私の子供の

頃が思い浮かぶ。

 

あんな思いはさせない。

あんな母親にはならない。

あんな環境で子供達を育てない。

 

子供を産んでから必死でいた。

 

母は、親らしい事は何もしなかった。

自分の小さい頃は思い出したくないのに、子供を

産んで母を反面教師にして事あるごとに思い出して

苦しくなった。

 

夫は母と仲が悪い事は知っていた。

 

子育てで息詰まって居た時に夫に言われた。

母親が嫌いで良いだろ。

母親を好きでいなきゃならない事は無い。

自分がなりたい母親になればいい。

 

 

母親が嫌いと言う娘。

世間では冷たいと言われる。

許せない事は駄目な娘と言われる。

老いた母を憎むと鬼だと言われる。

 

本当は嫌いと言いたい。

良い親子なんて思われたくない。

母と娘は見えない何かで繋がってると、

綺麗な話の中では当たり前。

 

でも、そればかりではない。

親に翻弄されて自信を無くして生きて

来た私の時間は戻らない。

 

そんな事をしながら未だに苦しめる母。

悪魔と同じ。

 

母を嫌いでいい。

嫌われて当然の人間だもの。

 

 

 

今日の母。

 

 

ずっと、調子が悪く寝たり起きたりで痛みが酷いです。

昨日の朝、起き上がる事が出来なくて寝床で騒いでました。

 

母の朝食を夫が準備して母をいつもより早く起こして行った。

夫が仕事へ出掛けて行くと、私の部屋へ来て。

「いい気なもんだ。寝たい時は痛いって言えば寝てられる」

 

いつもの事、そう思うしかない。

言い返せば倍になって返って来るだけ。

 

午前中はテレビのボリュームが大音量でトイレのドアの

開け閉めを壊れるんじゃ無いかと思うくらい強くする。

 

 

お昼になって冷蔵庫を開けたり戸棚を開けたりしてるのが

聞こえた。

食事は何があっても忘れない。

食い意地は人一倍。

 

私は、朝からの母の言葉と痛みで母の為に起きて行こう

とは思わずそのまま寝ていた。

すると、ドタドタと足音を立てて私の所に来て。

「ご飯も食べさせて貰えないって皆に言ってやる。」

自分では何もした事も無いしやる気も無い。

それでも食べたいって図太い。

 

相手にしないつもりが・・・

「皆に、言いなよ」

って、言ってしまった。

 

 

母は自分の部屋に行き、またテレビを大音量。

もう、本当に頭に来て私も起き出して。

台所にあった食パンと封の開いた牛乳を母の所に

行き、母めがけて投げ付けた。

 

 

牛乳がこぼれて母の胸辺りにかかった。

母もビックリした様だった。

「昼ご飯」って、一言だけ言って部屋に戻った。

 

 

それから、また仕返しがくると思っていたけど

二人でいる間は無かった。

夫が帰って来て、私に聞こえる様に怒鳴りながら

話して居た。

 

 

今朝は何とか起きたものの、母の食事に関しては

何もやらない事にした。

夫が簡単に食べれる物を台所に置いてくれていた。

 

話し掛けられても絶対に話さない。

部屋の鍵も閉めていた。

母が朝食が済んだ頃、台所へ行ってみると、ゴミ箱

の中に5枚入りの食パン一斤がそっくり捨ててあり、

牛乳も出しっぱなし。

 

私が不調になると、かなり機嫌が悪くなり狂った

様になる。

それでなくても、異常なのに。

 

毒母、そのもの。

 

 

 

 

 

母のいない世界

 

 

 

私は母親が嫌い。

 

小さい頃から母親が居なくなればいいと思っていた。

父が母を殴る度に、このまま死ねばいいのに。

 そう思った。

 

学校に居て救急車のサイレンが聞こえると母が運ばれた?

学校に電話が来て母の死を知らされるかも・・・

待っていた。

家に帰って部屋に入ったら母が倒れてるかも。

 

私が思うのと同じで、母も私が居なくなればいいと思って

居たはず。

小4ぐらいから、母親とはほとんど話さなかった。

母親も私が話しかけても返事をしなかった。

 

母親は学校の行事にも出ず、運動会も来なかった。

父に殴られて怪我をしたと、自分の妹に頼んでいた。

来たくないだけ。

 

家庭訪問、先生が玄関先で話をする。

母は、気持ちが悪いくらいの愛想笑い。

子供の事など邪魔で仕方無かったくせに。

 

 

母は、よく人の前で言っていた。

「私は身体が弱いから早く死んでしまう」

そんな事は言うもんじゃ無い。

まだ、生きてるし。

 

自分を弱く見せて同情を引きたい。

自分が主役で居たい。

 

周りから見たら、また始まったと言われてる。

 

昨日の夜も、私の態度が気に入らなかった。

今朝、母は出掛ける前に自分の部屋のテレビの

音量を大きくしたまま出て行った。

なんの意味があるのか?

 

だから母のテレビのコンセントを抜いて、テレビに

入ってるカードみたいなのも抜いといた。

コンセントは入れてテレビは点いたけど、映らない。

夫も息子も居ないから、直して貰えない。

 

大好きなテレビを観れない母。

それでも、私には何も言って来ない。

 

変な親子。

これが私には普通。

早く、楽になりたい。